Pippoさんのポエカフェ【その2】

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「くれなゐの薔薇(そうび)のなかに倒れ伏すごとくに君は砂にまろびぬ」

Pippoさんのポエカフェで一番くじに当たったわたしが読んだ吉井勇の短歌です。

人によって思い浮かべる「砂」は違うのでしょうか。
南の島で育ったわたしにとって「砂」は、砂浜のそれしか浮かびませんでした。
詩(短歌・俳句を含め)の多くは小説のように細かい描写がありません。
少ない言葉で、見せたい風景を見せる限界の先は、
読み手に委ねるところもあるようにおもいます。
浜辺の砂しかおもいつかなかったことで逆に、思い浮かべる「砂」は
それぞれ違うのだと気づき、一句の流れから、「砂」は、ざらつく現実の隠喩にみえてきて、
現実と夢想の対比のようにおもいましたし、「君」が幼年だとすれば、あるいは恋人だろうか、
どちらにしろ儚い花のそれも薔薇(そうび)というインパクトに捕えられたあとは、
愛おしいもの美しいものは打ち拉がれる姿も愛しく美しい、というしかありません。

けれど、じゃりじゃりとした砂を新たに思い浮かべたことで、
最初にイメージした南の島の浜辺は、薔薇を「そうび」と呼ぶあまりの美しさ
もろとも消えてしまいそうで惜しく、
青い海のさらさらとした白砂、くれなゐの薔薇(そうび)、のままに残そうと。
しかしこれではコントラストが強すぎる。欲張りなわたしはさらに、
くれなゐの薔薇を、うす紅に(それとも碧いにしようかなど)
真っ青な海も、夜明けにみる淡い海の色に、
まろびぬ姿を星砂に横たう少女にしてしまい、
未熟さゆえの儚げな薄青い世界を心に広げています。
身勝手な解釈もいいところ。まったく違う詩歌になってるではないか・・・。

などと、そんなどうでもいいわたしの解釈を先に書いてしまったのは、
どんな解釈も受け入れるポエカフェの雰囲気を伝えようとおもったからです。
詩歌について話し合うことに敷居を高く感じておられる方も多いかとおもうけれど、
答えがあり正解を出す場ではなく、それぞれのおもいを語り、
また、他の人のおもいを知り、時にそこへさらに自らのおもいを乗せるなどして
味わい遊ぶことにあるのだとおもいます。
今回のポエカフェでも、様々な解釈が往き交い、その解釈は自分とは逆であったりもしますが、
そこがまたおもしろくて、何か突拍子な発言がでないかと待ち望んでしまうほどでした。
参加された方の中には、自分とは違う発想に光を見て、大事に持ち帰るようすもみられました。

そしてこれだけでないのが、Pippoさんのポエカフェなのです。
はじめて知る詩人、知っているが詳しくまでは知らない詩人の、詩に、
詩人の生い立ちを重ねたり、詩の背景や当時の世の移りなどを折り込み、
堪能することになります。
仮にあたたかな詩や力強い詩が、実は病床にあって作られたであるとか、
困窮を極め苦労の中で生まれたのであれば、人情からしても受け入れられやすいけれど、
世間からはどうしようもない奴とおもわれてしまうような素行を持った詩人もいたりで、
そんな奴がどうして・・・と不思議におもいながら読み解くなど、新しい発見があるのです。

例えば吉井勇の場合をPippoさんの著書『心に太陽をくちびるに詩を』から抜粋するると
「~退廃的で官能的な酒と恋愛の青春をみずみずしく歌い、
明治末期の青年たちを魅了した吉井勇~」
とあります。
このような注釈が入ると、ますます「くれなゐの薔薇(そうび)~」の歌に
色香が立ち上ぼってきませんか。

今回は『少年・少女』をテーマに多くの詩を集めてくださったPippoさん。
その労力はたいへんなものであったとおもいます。
勝手な想像ですが、詩人とは少年少女の心を残したまま大人になったのではないか
とおもっているので、どの詩人にも幼年期を詠んだ詩があるはずだろうと、
そしてその数は膨大であったろうとおもいます。
Pippoさんはその中からこれだとおもう詩を今回のために選詩されたのだとおもうと、
気が遠くなる作業であったこととお察しします。
Pippoさんはこの重労働を、楽しかった!と清々しくおっしゃいました。

ポエカフェテキストに紹介された吉井勇の短歌。(この中から好きな一句を朗読する)

「泣く少女(をとめ)笑ふ少女とふたりあるごとくに変わる君なりしかな」

「くれなゐの薔薇(そうび)のなかに倒れ伏すごとくに君は砂にまろびぬ」

「いくたりの男のためにとられたる手かは知らねど我も取りたる」

「その真昼柑子の蔭に見し夢のなかの少女をいまだ忘れず」


Pippoさんに倣って【その2】などと一丁前に書いてしまったのに、
今回のポエカフェのようすには遠く、わたしのおもいばかり綴ってしまいました。
吉井勇のたった一つの短歌だけでもこんなにも楽しみ、
大げさに見えるかもしれませんが、生涯忘れらない一句として胸に残そう!
と、日記としても記しておきたかった。訳(わけ)もありまして、、
レポートらしからぬレポートご容赦ください。
これからもし倒れ込むような躓き転ぶような出来事があったら、この句を思い出し、
薔薇(そうび)のような志でありたいとおもうのでした。

加えて。一番くじを引き当て頭が真っ白になり、読み方もぎこちなく、赤面しましたが、
吉井勇に当たって、よかった!
きっと参加された皆様も同じように当たった詩は忘れられない一篇となったのでは。

Pippoさん、皆様、心あたたまる幸せな時間を
ほんとうにありがとうございました*.゜。:+*.゜

再会を祈り心より感謝を込めて
croixille 中村早美

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